今日は月曜日でしたが、仕事は先週まででしたのでもう自由に過ごすことが出来ました。
そこで日本に船便で送りたい荷物を郵便局まで持って行きました。 結論から書くと、荷物は送れませんでした。 そして心身ともに少し疲れました。 そして怒りとうんざりした気持ちが同居している状態です。 * 郵便局は空いていました。 千「船便で荷物を送りたいのですが」 郵「ん?あ今ね、用紙が無いから出来ないの。ごめんね〜」 千「」 * 千「じゃあ用紙を持って来たら受け付けてくれるのですか?」 郵「もちろん」 こうして別の郵便局まで用紙を取りに行きました。 郵便局は混雑していましたが、黙って自分の番まで並びました。 「ちょっと用紙が欲しいだけなの」 と割り込んでくる人もいましたが、千は最後まで並びました。 無事用紙を入手し、最初の郵便局に戻りました。 * 郵「ああ、なに、用紙持って来たの?」 千「はい、これ」 郵「なにこれ..てかあなたの荷物ねえ、そのテープの貼り方ダメよ」 千「え?」 郵「あと箱には何も書いていちゃダメなのよ、ああ残念ね」 千「」 要約すると、箱は無地じゃ無いと不可。またテープの貼り方が良くないと指摘され受け付けてもらえなかった。 何と言うか、その郵便局員の態度が猛烈に気に入らなかった。なぜ最初にそのことを教えてくれなかったのか。 わざわざ違う郵便局まで用紙を取りに行ったのに。 しかし、早い話が千の調査不足である。帰宅してダンボール箱を裏返しにして再度荷物を詰め込んで梱包し直した。 明日また送りに行くつもりだ。 しかしあの郵便今日にはもう2度と行かない。別の郵便局に行く。 あの郵便局員の顔はもう2度と見たくない。 今朝は雨が降っており、朝一で荷物を出しに行けなかった。昼頃になって雨が止み、郵便局へ行った。 しかしダメだった。帰宅して再梱包した。新しいガムテープを買いに出かけると空は快晴に変わっていた。 ああ、もうさっきのこと全然引きずってないと思えた。 まあ、イタリアなんてむしろこんなもんだ。こういうことに出くわさなきゃイタリアじゃない。 そう思い直して落ち着いた。 2週間ぶりに蚤の市に行ってきました。先週、先々週と行けなかったのは両日曜日とも雨が降っていたためでした。 久しぶりの蚤の市で結構買いました。特徴的な造形を持つキッチン用品や、 奇抜な形と絵柄の施された陶器、あとはブラウンの礎を気づいたとされるディーター・ラムスデザインの シトラスジューサーも5ユーロで買えて大満足でした。 イタリアを離れたとき
もう蚤の市に行けないことが、最も大きな心残りのような気がしています。 旅行のように大きなお金もかけず、往復のバス代3ユーロでアクセス出来て、 ちょっとしたものは1ユーロや0.5ユーロでも手に入るので千にとっては非常に健全な遊びです。 ところで、 3月になりました。 「なってしまいました」と書きかけて慌てて訂正をしたところでした。 千にとっては4年以上を過ごした時間の中の帰国前の最後の1ヶ月になるんですが、 未だにどこへ旅行に行こうか決めることが出来ていません。 自分の計画性や決断力の遅さを反省しているところでした。 個人的な旅行に関しては特に、このどこに行くかを決めるまでが一番難しいと思っています。 でもこれを出来るだけささっと済ませないと、最も肝心な 「ではそこで何をするのか、どこへ行くのか」 という内容を詰めることが出来ないし、交通手段や宿泊先を決めたりするのも結構面倒なので、 決めることに面倒になっていると、いざ詳細を詰めていく段階になって もっと面倒なことが沢山待っていることに気づかされて 早く決めて早く詳細を詰める作業に入っておけばよかったと しょっちゅう反省しています。旅行に限ったことではないです。 「俺は俺の行きたいように生きるぜ」 前回まではそう気丈に語らせていただきましたが、 あと1週間か2週間以内には自分が北欧へ行けるか否かの合否が出ると思うと正直ナーバスになったりしています。 ネットで検索してみると、mixiなどで応募者や応募を検討している方、合格者などが掲示板で会話を交わしているページを見つけたので読んでいたら「今ごろ最終選考者には受け入れ先証明書の原本を要求しているはず」などという記述を見つけ、発送してから今日まで音沙汰の無い自分は既に落選しているのではないかとネガティブな気持ちになりました。 当然信憑性の無い情報に一喜一憂してもしょうがないとは思いながらも、 落ちることだって全然あり得ることだと受け入れなければいけないと思いました。 そもそも応募する段階で、受かったら北欧へ行けるし落ちたら日本に帰ると決めたはずでした。 もし日本に帰ることになっても、 既に仕事はあるし(イタリアでの仕事を続けさせてもらえる(はず..)) これからは日本での生活を心置きなくエンジョイすればいいのだろうと、 このブログを書きながら、気持ちを落ち着かせているところです。 表題の通りです。本日は最終勤務日でした。
ところで、前回の記事で 「この仕事を辞めた後、私がどこで何をしていようがボスには何の関係もない。言う必要ない」 ということを書きましたが、残念ながらこれは本当であり、仕事をしてそれで報酬を貰うという以上の関係をボスと築くことはありませんでしたし、そのことに心残りも感じていません。言い方を変えれば ボス「俺はお前に月20万払う。俺が月に200万稼ごうが2億稼ごうがお前に払う額は20万。ボーナスは無い。 本当は2億稼いだなんて言わない。言う必要はない」 こんなところでしょうか。 イタリア語が完璧に理解出来ない自分はわかりませんでしたが、同僚のイタリア人たちは皆口を揃えて 「あれだけのロイヤリティーをもらっているくせに」 と言っていました。 残念ながら自分がミラノで最後の数年を過ごした場所はそう言う場所であり (いや世界中、傾向的にはこういう場所の方が多いかもしれない) 事実、自分と反対の考えを持った者をこの事務所ではついに一度も見ることがありませんでした。 思えば2012年の7月、千は勤めていた別のデザイン事務所を去らなければ行けなくなり、次の職場が決まるまでの間、知り合いの手伝いをさせていただく形でなんとか食いつないでいました。この時はイタリアを出て行くことも辞さない、ドイツでもイギリスでもフランスでもオランダでもどこでも行ったれという気持ちでしたがなかなか決まりませんでした。9月になり今の事務所から電話で呼び出され、予想もしないような条件を提示されたことで、それを受け入れたのでした。おかげで生活は一気にまともになりました。人の食料を勝手に食べるルームメイトに耐えかねて、新しい部屋を探せるようになったのも、そうして経済状況が良くなったからほかありません。 しかし「あのとき楽な方向に流れていなければ..」と思うことがあります。 一人の部屋に住めなくても、美味しい食事にありつけなくても、日本に帰れなくても、自分の職業であるデザインと自身の向上ために 度を過ぎた忍耐があろうとも、もっと最も自分のためになる環境は何かという主題から目をそらすべきではなかったと思うことがあります。 しかしながら過去を振り返っても仕方が無い。 自分はここで学んだことを、これからどう生かしていくかで、これも一つの道であったと思えるように生きていくことが真理でしょう。最後の半年はミケーレが出て行ったことで、期せずして本来ならやらせてもらえない重要な仕事もいくつも経験することが出来ました。そしてボスはその仕事内容をまずまずと思ってくれたのか、千が日本に帰った後も仕事を一緒に続けたいと言ってくれています。 そんな心持ちだったからでしょうか。 退社前の最後の時、ボスと握手を交わしても、 同僚たちとハグをしても、感極まることはありませんでした。 (同僚たちとは後日また会う予定があるのでというのも理由) 書いていて、なんて自分本位で人間味に欠けるんだろうと思いながらも、 しかしこれくらいの気概が無いとイタリアじゃやっていけないという気持ちもあり、 いつもと変わらずに過ごした一日、千の最終勤務日は過ぎていったのでした。 去年の10月以降「辞めるときはちゃんと2ヶ月前に言うんだぞ」どボスに言われていたから
クリスマス前に2月いっぱいで辞めますときちんと連絡したのに 「3月、1週間だけでも来れないか?」ともう3回以上言われている。そして 「日本にはいつ帰るんだよ?」 とさかんに聞いてくる。 正直に言ってしまえば 「いつ日本に帰るかは、あなたには何の関係もない。だから言わない。私はあなたの望んだ通り2ヶ月前に辞めると連絡した。だから今月で辞める。それだけ。私がこの事務所を去った後、どこで何をしていようとあなたには何の関係もない」 という話なんだが、それをストレートに言ってしまっても角が立つので、 とりあえず何も応えないようにしている。行きますと言ってしまったら行かなきゃいけなくなるから。 もうひとつある。 「日本で仕事は決まったのか?」 「前にも話したようにコラボレーションを継続しようよ。 給料もちゃんと払うから。今はスカイプがあるんだし」 と千が日本に帰った後も関係を続けたいと思っているようだ。 2つの職場のボスの二人ともが、千が日本に帰った後も千と一緒に仕事を続けたいと言ってくれている。 これって結構すごいことなのではないか と内心思っていたりする。だってそうではないか。 日本に帰っても、このままの(特に金銭的)待遇が維持されるのだ。 独立したい。就職しない生き方を選びたい。 そう思っている人にとっては願っても無い状況ではないか、そう思えてくる。 しかしながら千は、フィンランドに行こうとしている。まだ結果は分からないが、 それが第一希望である。 いずれ日本に戻ってずっとそこで暮らしていくであろうに、 このような好条件を蹴ってまで自分の我を、計画を進めようとすることに どれほどの意味があるのかと考えている。 ブログ移転作業が無事すべて終わりました(正確にはこの記事や今後のいくつかの記事も移します)。
この土日に結構な時間をかけたことでかなり進んだのでした。 ブログ移転作業はあまり楽しいものではなかったです。 これから新しいプラットフォーム(移転先)でよりおもしろい内容を書きたいと思うとき、 以前に書いたあまり面白くない記事を目にすると「これを移す意味があるのか」と思ったりもしたのですが、 心をロボットにして考えないようにして移す作業に徹したのでした。 いくつかの記事は移しませんでした。いくつかの記事は手直ししました。 読者の皆様に新しいアドレスをお伝えするまでにはもう少しかかると思います。 まだ記事以外の調整が残っているのが理由です。 ところで、このブログで実現不可能であった日本語による記事のカテゴリ分類ですが、 新しいブログの方では問題なく上手くいってます。 このカテゴリについて、自分は平凡なカテゴリしか作ってないと気が付きました。 例えば「旅行」「ミラノ-日々の生活」「デザインに関する話」「このブログについて」とこんな調子です。 しかしもしこのカテゴリに、「虫」とか「3Dプリントで作ったもの集」とか「今日の髪型」とかなんでもいいけれど 作れる人がいたら、もうそれだけで特徴のあるブログになるだろうなと思ったのでした。 私の場合に関しては、カテゴリによって自らつまらないブログにまとまろうとしているような気がしたのでした。 千の場合だったら、 「パイプの人イラスト集」だとか「デザインスケッチ集」「変わった彫刻、看板」 「ミラノ散歩道」「蚤の市で見つけたもの」などが作れるかも知れません。 そんな感じで、まだ考えていることがあるので、公開までもう少しかかると思います。 あとブログについて考えていることと言えば、これまでは日々の出来事を追って書いていたのですが、 ずっと過去の出来事を書いたり、新しさに重きをおかない内容にしていこうかなと思ったりしています。 あとは旅行記かな。写真を沢山載せる旅行記ブログ記事をこれからもやるのかとか、 そんなことを色々と考えております。 「ねえ千、29、30、31日で私と一緒に山に遊びに行かない?」
と同僚に誘われた。 「え?山?山ってどこの山?」 「ピエモンテよ」 「うん、行く!喜んで行くよ!!」 すると同僚がクスクスと笑いをこらえていた。 「千!しっかりしてよ!2月は28日までしかないのよ!」 ここで初めてこのジョークのセンスを理解した。 これ、実際はボスが誰かに向かって、29日〜は子どもを連れて...と言ったそうで、 それを聞いていた同僚が真似して千をからかったのであった。 「ドニキのバット投げ」 千です。最近は家に帰ってから取り組むことがあり、仕事が忙しくてストレスに苛まれそうになってもそれに取り組むことでいくらか仕事を忘れることが出来て良い気分転換になっています。 何かと言うとブログの再リニューアルです。 この新しいwordpressのプラットフォームでは、以前よりも写真を大きく見せることが出来ます。またツイッターの投稿もより大きく表示が出来て新規感があり結構気に入っております。早く移転して、読者の皆様に紹介したいところです。
ひとつ解決すべき問題を抱えています。ブログのインポートです。このブログ上で書いた記事をそっくりすべて移転先にインポート(移す)したく色々調べたところ、どうやら自動で出来る方法があるっぽいのですが、まだ上手くいっていません。 千です。今日、日曜日は一日雨だったため、一歩も外には出ませんでした。 そこで行ったのはブログのリニューアル作業でした。 このブログのプラットフォームであるweeblyをあきらめ大正義wordpressに移行しようと考えた。 とにかくこのweeblyというプラットフォームで素敵なのは表面的な操作性だけだとわかり、他のどんなブログサービスでもこれよりはもう少し堅実な作りになっているだろうと思っており、またwordpressの作業画面がどんなものかも知っていたので、迷わず試しにワードプレスのアカウントを作りブログ作りを開始したがここでもまたがっかりすることになった。 その前にちゃんと箇条書きで書きますが weebylを諦めた点 ・日本語の文字化け ・日本語の文字化けのせいで、日本語のカテゴリを作ることが出来ない。 ・投稿順序が勝手に変わる。今日投稿した記事が昨日投稿した記事の後ろに表示される。 ・記事管理画面が存在しない。過去のブログを編集したいと思ったら地道にスクロール→以前の投稿で戻るしか無いと言う.. ・メディアライブラリがない。自分がどんな画像をアップロードしたかを確認することが困難。 ・記事編集中に勝手に写真と文章の順序が入れ替わったりする。 wordpressに目星をつけた理由 ・記事管理画面がある ・メディアライブラリでアップロードした画像が一括で閲覧出来る ・使用している人が多いので分からないことがあっても解決しやすいだろう このような感じで、weeblyのような現代的な操作性と、堅実で細かい管理も可能な操作性を持つワードプレスにしようと考えたのである。 しかしここで、weeblyにあってwordpressにないものが発覚。weeblyは文字の種類や大きさ、色をかなり自由に変えることが出来る。しかしwordpressは80$払ってプレミアムプランに入らないと出来ないということがわかった。 それで怒ってしまい、制作中のブログを永久削除してしまった。
しかし、そのあとになって、どうやら変更できるとかそう言う情報も目にして再度挑戦してみたが、結局上の画像の通りで金を払わないとデザインのディテールを変更は出来ないようだ。 それでも結局wordpressで作った新しいブログは保存しておいた。フフリーで使用可能なすべてのテーマを逐一プレビュー表示して、いずれこちらへ移行しようと思う。フォントの大きさや種類を変えなくてもまあいいかと思えるテーマをじっくりと選んだ。 * wordpressで行こうと決めたので、次に行ったのはこのweeblyのブログ上で書いた記事をそっくりwordpressに移行させる作業である(インポート)という。しかし出来なかった。数時間PCの前で格闘したがついに出来なかった。 「すごい簡単にできた!ありがとう」というようなコメントが数多く寄せられていた変換サイトを利用して言われた通りの操作を行ったが、ついに上手くいくことはなかった。 * そんなわけで、現状のブログは順序がいくつか狂ってしまったし、新しいブログも移行出来そうな見通しが立たずで非常に不本意な一日となってしまった。それにしてもこちらはちゃんと言われた通りにやっているのに上手くいかないのは本当に腹立たしい。特にこのweeblyなんかは再編集したい記事をクリックしただけでパイプの人の画像と文章の上下関係がひっくり返ってしまったりという現象が一度ではなく3度以上起こり、思わず机を叩いてしまうほどの怒りであった。怒りの挫折である。 そういえばブログランキングのカテゴリ設定を設定し直して以来、加算されるポイントが分散されることで順位の上昇は難しくなった。そのことで、すっかりブログランキングをチェックしなくなった。チェックしなくなって良かったことは、人様のブログについてあれこれ考えなくなったということだ。「なぜこのブログが自分よりも順位が」みたいなことを考えずに済んだし、そもそももうまったく訪問することも無くなった。そして、そういうことに一切関係のない、単純に何となく好きだったブログだけは普通に検索して訪問するという方法でときどき見るようにしている。
ただ遠ざけただけであるが効果覿面である。ただ遠ざけただけでそのことについて徐々に考えなくなりしまいにはすっかり忘れてしまうようになった。つまり自分にとってはその程度の重要性だったということであろうか。 トイレから戻ってくるとボスが千の席に座っている。コーヒーメーカーの設計を担当して以来、ずっとこんな調子である。ボスのこの仕事に対する関心の大きさを表していると思われる。
こちらで初めに設計(デザイン)をしてそれを技術屋に送る。すると技術屋が設計し直した3Dファイルが送られて来るのでそれをチェックし修正などをしてまた送り、それが反映されたものがまた送られて来て..とラリーのような感じで設計は進んでいく。 コーヒーメーカー(エスプレッソマシン)は数々のパーツで構成されており、いわゆるボディだけでも上部分(カフェ収納側)と土台部分(カップ置く側)で数パーツ以上あり、水タンク、レバー、ボタン部分などがあり、なかなか設計ごたえのある内容となっている。 今日のタイトルの「天才デザイナー千」は尊敬するブロガーの方のタイトルを真似てみたものである。 自分は出来るという勝手な思い込みと、将来への自分自身への大きな期待と、自己暗示を込めて(笑)。 特に何か日常生活であったわけではない。いつも通りだが、だからこそ変化を求めて。 仕事でミスをしてしまい、今日中にやり直しを提出ということで残業した。同僚の一人は休み、ひとりは午前中だけ、もう一人は16時に退社して19時過ぎにはボスも帰ってしまい、最後は自分一人であった。
ボスの出張前だとか重要な仕事の提出前はボスの気持ちが高ぶる事があって残業を余儀なくされることがあるが、今日の件はほとんど純粋に自分のミスであり黙々と直しにかかった。コーヒーメーカーの設計だ。結構難しい設計で終わるだろうかと結構ネガティブな気持ちで臨んだ。しかし終わってみればプラス1時間だけで済んだので良かった。 また、この難しい課題をクリア出来たという経験値(実践的な技術含む)もゲットしたのである。 「これが(海外修行の)真理やろなあ...」と千は思った。 海外での貴重な時間、屋内でも野外でも、足を運ぶなり何かに一生懸命取り組むなり、時には寝食を忘れて... そうして日本では出来ない特別な苦労や経験をして、今後の糧にしていくというのが、この場所にいる大義であると、ふと忘れていた考えを思い出した。 木曜日、仕事をしていると週1で仕事している事務所の同僚からメールが来た。アメリカに帰る同僚の送別ディナーあるけど来るかという内容で、もちろん行ったのだが、このブログのタイトルの通りで、その日はひげは剃ってないし、髪もニット帽でペタッとして寝癖こそ無かったがとても満足のいくものではなかったし、服装も同じのを着続けていたのであった。その週1で行く職場は自分よりも若い子が多く、ボスもオシャレしているので、いつも金曜日だけは少し意識しているのだが、それ以外はいつも同じ様な格好をしていた。ディナー(レストラン)に行く前に一度家に帰ろうかと考えたが、天気も悪かったし時間の余裕も無かったのでそのまま向かった。すると、レストランには同僚だけでなくボスも来ており、しまったと思った。最後に全員で写真を撮った。事前にこのイベントを知っていればちゃんと準備して来たのに。今後は少し気を付けた方がいいなと思った。
一年の中で2月が一番苦手過ごしにくいと思っている。(2月が好きな方、ごめんなさい。) 特に日本にいたときに感じていたことで、一年で一番寒い、やたら曇っていて空が暗いなどの理由だと思っている。 3月になると、気温が春のレベルに戻るのが待ちきれなくなったりする。 ではミラノはどうかと言うと、今冬は特に霧も少なく、晴れていることも多い、加えて比較的暖冬である。 周りの同僚やボスらがインフルエンザに倒れていく中、一瞬不調を感じたりしながらも騙し騙し過ごせており、仕事も休まずにいる。が、どうも気持ちが乗って来ないなという感じである。千はこれを季節のせいにしている。もう30歳にもなるがこんな超個人的なことを書いている。12ヶ月のうち1ヶ月くらい調子のでない月があってもいいじゃないかという話だが実際はここ2年以上8月は暑さで胃腸が芳しくない。とまあそんな体たらくぶりである。 特に結びのくだりもオチもないので、最近よく聴いている竹井詩織里さんの楽曲でも貼っておく。 竹井さんのことはまた改めて書きたいと思っているが、彼女の楽曲は毒とか欲がなくていい。いつでも聴ける。 2月も一週間以上が過ぎ、千が今の事務所で働く時間はもうあと3週間しかないのだが、まるで実感が湧いて来ない。
実感が湧かないというのは、今のうちにやっておくべきことがあるのではと薄々と感じながらも大して行動に移せていないからであった。 3月になり明日からもう仕事に行かなくていいとなってもぽかーんとしてしまいそうである。そして、自分がぽかーんと人生を行きている様な気がしてこれでいいのかという気持ちにもまたなってくるのであった。 ブログを書くのも正直熱が入らず、2日以上書かずにいると「今日はさすがに」とブログのページを開きはするが、書きたいトピックが無いと言う調子である。 そんな千が最近トライしてみようと密かに思っているのは自分探しの旅である。いまどき自分探しの旅である。 3月になったらなったら何をしようかという件で、8年前に初めて海外旅行をした地を再び巡るというのはどうだろうと思ったりしているのである。 千が職場でする実作業の多くがコンピュータによる設計作業だったりする。具体的にはお皿だとかコップだとか、椅子だとかランプだとか、アロマディヒューザーだとかコーヒーマシンだとか実に様々な工業製品の意匠を設計する。
そんなとき、この形ってどうやって(3Dのソフト上で)作ったらいいかと考えることは常だが、その難易度が高いときは、とりあえず後先を考えずにザクザクと進めることがある。工事現場のブルドーザーを想像している。結果的に微調整が必要になったために寸法変更して再度同じことを一からやり直しすることになっても、それは面倒ではあるが、既にゴールまでの行き方が分かってしまったという意味では、ゴリゴリと半ば強引に前へ進んでみて良かったと思うことは多い。 それは日常生活だとか生きる上でも同じなのかと考えたりしていたところであった。 時間の使い方が上手でないと思っている。お金もしかり。 「何をして過ごそう」と考えて決められないうちに休みが終わってしまうパターンである。時間は保存が出来ないので早く決めた方がいいのだろう。千は日本に戻る前の一ヶ月だけは仕事をしないことにした。しかしどう過ごすかをほとんど何も決めていない。あと1ヶ月でそれはやってくるというのに。 お金。これは保存が利く。よく考えて使った方がいいのかもしれないし、無理して使うことはないと思う。もともとカツカツだったのだが、出来るだけ貯金をするようにしている。しかし、買いたいものがいくつかあって、例えば新しいPCを買って仕事の効率を上げたいだとか、新しい種類のカメラのレンズを買ってもっと写真を勉強したいだとかそんな感じである。しかしそれと引き換えに貯金はすっからかんになってしまいかねない。というか現時点ではそこまで貯まってもいない(笑)。 しかしながら「あのときの時間/お金の使い方は間違いであった」と気が付けるのは実際に行動をした者だけが気が付けるもので、それが怖くて何も行動に移せないまま可能性を失うことが一番避けたいのだがなかなか速断できないものである。 もしもいくらかの自由な時間とお金があったら... それらは大げさに言えば喉から手が出るほど欲しいものではあるが、実際著者はその使い道をちっとも考えられていなかったりするのである。 千「紺色のレザーのアイテムが欲しい」 昼休み、一人は用事と言って外出し、もう一人は仕事をしたいようだったので、一人で外へ出た。ダイエットも兼ねて30分ほど散歩した。曇り空で、指先や、顔は冷たかったが、せっせと歩いていると次第に暑くなってきたのであった。今朝体重を計ったところ、減る兆しを見せずむしろ増えているのではないか、何気に過去最大を更新していないかという数字でさすがに危機感が湧いてきたのもこうして意欲的に歩を進める理由なのであった。 特に行き先は決めずに、通ったことが無い様な細かい路地を縫うように歩いたりした。 すると今までに気が付かなかったような可愛らしい看板や、意味の分からないようなストリートアート的なもの、古い様式の建築などを見つけることが出来、なかなか充実した散歩になったのであった。 見つけようと言う意志が無いことには蚤の市だってゴミの山にしか見えないかもしれない、みたいなことだろうか。こうして一生懸命歩いているとまだまだ気が付くことがあるように思われた。要は自分の気持ちひとつである。なんだか説教くさくなっている。 いつもすぐそばを通っているのに一度も通ったことの無い道を通ったり。事務所の近所をただ徘徊しているだけなのでなかなか時間は過ぎず十二分に楽しめた。脂肪も燃焼していることを願う。
「明日(日曜)蚤の市だけど外出控えようかな..」
邦人殺害事件のニュースを聞き、こんなことをふと思ったのであった。 後藤さんと湯川さんが二人で登場している映像が報道された時点で望みは薄いと思っていたが、いざ最悪の 結末を聞くと、わいて来たのは怒りの感情であった。 気の毒ではあるが、身代金も払われず、死刑囚も解放されず、ツイッターでは彼らを馬鹿にするコラ画像が次々投稿されたり、、、そこで日本を相手にしてもしょうがないと彼らが思ってくれたなら、私たちの安全は少しでもその確率が上がるのではという風に考えていた。(もしあのような法外な身代金が支払われていたら、今後日本人が次々とターゲットにされてしまうという論理) 結局、この怒りの感情には行き先が無いのだろう。復讐をしたいと思うか。お前が行くのかという話である。では、戦争を是正するのかという話になってくるし、自分は軍事に参加してもいいのかと言ったら、いいわけがない。 私は私以外の誰かが、彼らを成敗してくれることを願うことくらいしかできない。というか何も出来ない。 土曜日、ミラノの街中にあるH&Mでジーンズを一枚購入した。 日曜日、蚤の市で一足革靴を購入した。 ジーンズは、数週間前にH&Mをなんとなく見たときにジーンズが安いなと思っていてそれを購入した。15ユーロであった。色の濃い目のブルーのジーンズで黄色いステッチが入っている。 革靴はチャコールグレーのスエード素材で、最近ローファーの様な紐無しの革靴が気になっており(ローファーとは違うが)5ユーロだったのでまあ買ってみようかなという感じである。「●●が気になる」とか言っているが、基本毎日同じ靴しか履かないしそれは洋服もほとんどそんな感じである。周りからも洋服に気を使っているとは思われてはいないだろう。 しかしオシャレはしたいと思ってはいる。今の自分では経済状況が常に第一の問題だが。 オシャレがしたいというのはもう少し踏み込んだ言い方をすれば、したくない格好はしたくないし、出来れば身につけたくないものは身につけたくないということであると思っている。自分がイメージするグッドな自分を現実化したいものである。 例えば今回買ったジーンズも、出来ればスキニーのような細身のものをスマートに着こなし、素敵な革靴と.. とイメージはするが、実際は体重が過去最大であり、誰でも履ける様なタイプのものを買わざるを得ない。 きっとこんな自分でありたいとか、こんな自分は嫌だとかいう思いが強くないと私の体重は減ることはないのかもしれない。 とはいえ、新しい衣料品が増えて嬉しい。単純な気分転換である。
大したものは買ってないがオシャレになった気分だけは味わえたようだ。 昨日は昼休みにひとりで散歩した。ダイエットのこともあるのでヒマなら出来るだけ歩こうと。 この時はお城の近くを歩いた。 休憩のときにはバールでコーヒーを飲んで.. 今日もまた歩いた。今日はスタッフ皆で歩いた。サンタンブロージョのあたりを散歩した。 最近では、この景色を見るのもこれで最後かとか考えるようになった。すると自然と少しブルーな気持ちになったり。 そしてまた通りかかったバールでコーヒーをいただく。こうして一日一日がゆっくりと着実に過ぎていき、いずれ日本に帰る日がやってくる。あと2ヶ月と1週間くらいである。なんだか不安な気持ちになってくる。ヘルシンキに行けるかどうかは3月にならないと分からないので少し落ち着かない。もし行けなかったら日本に帰るのである。これは強制ではなくて自分の決定である。ヘルシンキに行けないのなら急いで日本に帰る必要は無いのではないかと思わないでもない。「自分の決定は間違っているのではないか」という気がしてくる。しかし逆に、何も行動せずにミラノにいたら「自分はこのままでいいのか」という気持ちが沸き起こってきたのである。1年以上前からである。
カフェマキアートに振りかけた砂糖がゆっくりと底へと落ちていく。 今日のパイプの人はペンタブレットを使って描いてみた。ワコムのBAMBOOというモデルで、仕事柄絶対必要というものではなく、どんなものかを知っておきたいという気持ちで数年前に購入していたが、時々気まぐれに取り出して使ってもなかなか思うように操作出来ず、すぐにしまっていた。今回は何かを得るつもりで、といういつもより強い気持ちを持って挑戦してみたのであった。出来上がり自体はいつもと変わらないだろう。それは問題ではなく、著者がこの取り組みで何を得たかである。LINEのスタンプでパイプの人を沢山描いた後だったので、いくつか気が付いたことがあった。 そうやって自分自身をアップグレードしていかないと、ただただおじさんになっていくのみである..
自分はデザイナーであるはずなのに、どうしてパイプの人ばかり描いているのだろうと悩む。 周りと比べてしまったが最後、ミラノサローネやメゾンエオブジェ、東京に逆輸入的に出かけていく人たち、 みんなデザインで活躍している。一体自分はここで何をやっているんだろうと考え出すと、固まってしまう、停滞してしまう。自分は自分のやりたいデザインというのが無い。以前はあったのだと思うけれどどこかに無くしてしまったのかもしれない。 パン屋さんだったら焼きたいパンがあるだろう。歌い手なら歌いたい歌があるだろう。書きたい文章、撮りたい写真..私はその人のお手伝いをしていた方が身の丈なのだろうか。 自分の探しの旅に出たい気分。 「だれかぼくにコメントおくれよーー」
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